FPD は「フラットパネルディスプレイ」の略称で、液晶(LCD)や有機EL(OLED)など、薄くて平らな表示パネルを指します。スマホやテレビ、車載ディスプレイなどに使われています。これらのパネルは、電気信号を画素(表示点)単位で制御する駆動回路や配線を基板上に設ける必要があり、この配線構造を正確に形成する工程が露光です。
露光装置は、フォトマスク(絵柄が描かれた透明板)を通して、感光性のレジスト(光で変化する材料)を塗った基板に光を当て、マスクの模様を転写(写し取る)する装置です。FPD 向け露光装置は、特に大きなガラス基板(1,500 mm × 1,850 mm など)を扱うため、広い範囲をいかに精度良く露光するかが大きな技術課題になります。
FPD露光装置を使う最大の利点は、大面積基板をまとめて露光できる可能性があることです。そのため、ショット(1回露光する区画)を少なくでき、ショットのつなぎ目で起きやすいずれやムラを減らせます。これにより、良品率(歩留まり)が上がる可能性が高くなります。
また、露光精度を補正する技術(補正アルゴリズムなど)を組み込めば、複数層の回路を正しく重ねることが可能です。さらに、マスクと基板が直接触れないように露光できる構成にすれば、マスクや基板への物理的な傷を防げます。照度(光の強さ)を均一に制御したり、複数の光源を組み合わせて高出力化したりすることで、生産速度を上げる設計も可能です。
将来性の面では、マスクレス露光(マスクを使わずにパターンを描く技術)などを取り込める余地を残して設計できる点もメリットと言えます。
各種高精度モジュールを統合するため、初期コストが非常に高くなるという難点があります。加えて、補正機構や制御モジュールを強化すると、その分維持費や運用コストも増えます。大面積基板では、ゆがみ補正や温度変動追従(装置が熱変化に対応する性能)などの追従性に限界が出ることがあります。
導入面では、装置が巨大で重いため、搬入ルート、床の強度、天井高、電源・冷却設備などインフラ整備が複雑です。立ち上げ期には調整作業、ドリフト(時間経過によるずれ変化)補正マップ作成などに時間がかかることが多いです。運用中も、光源の劣化、露光ムラ、ゴミや汚れによる欠陥、温度揺らぎや補正ミスなどが不良の原因になりやすく、歩留まり悪化のリスクがあります。そして、将来的により先進的な露光技術(マスクレスや新波長方式など)が主流になると、現行装置の価値が相対的に下がる可能性もあります。
FPD 露光装置を設計・運用するには、多様な技術要素を高精度に統合する必要があります。主要な構成要素について説明します。
露光には紫外線(UV)光を使うことが多く、昔は水銀ランプで i 線(365 nm)や G 線(436 nm)が使われていました。これらは「可視光より少し波長が短い光」です。
しかし、より細かいパターンを写すためには波長を短くする必要があり、DUV(深紫外線、例えば 290~380 nm 程域)を使う設計も出てきています。波長を短くすると解像度(どれだけ細かく写せるか)が上がりますが、光源の安定性、耐久性、光学材料の耐紫外線性といった課題も大きくなります。
複数のランプを組み合わせて高照度にする工夫や、光を均一にするためのレンズ系設計も重要な要素です。
光学系とは、フォトマスクの模様を基板に正しく写し取るための鏡やレンズの組み合わせです。設計では、像が歪んだりぼけたりしないように「収差(ぼけや歪み)」を補正したり、倍率を微調整したりすることが必要です。
鏡を使う方式(ミラー方式)は色によるズレ(色収差)が起こりにくい利点がありますが、鏡そのものの形状誤差や温度変化による変形が波面(光の波の形)誤差を引き起こすため、補正鏡を用いた補正系を設けたり、リアルタイムで補正をかけたりする必要があります。
加えて、解像度を向上させる技術(RET = Resolution Enhancement Techniques)として、マスクに段差(位相差マスク)、斜め照明(オフアクシス照明)などを組み合わせて、パターンを書きやすくする工夫が使われます。
複数層の回路を重ねて作るため、各層がずれないように位置合わせが非常に重要です。露光光路を使ってマークを観察する方式と、別光路で観察する方式を併用する「ハイブリッド方式」がよく使われます。
これにより、露光光路を邪魔せずに高速にマーク認識でき、ずれを補正できます。
さらに、基板やマスクのわずかな曲がり・ゆがみ、温度変化などを考慮した補正マップを使って局所補正を行う設計も不可欠です。
基板やマスクは非常に大きく重いため、ステージの駆動には高性能な方式が求められます。たとえば、リニアモータ、エアベアリング支持、磁気浮上支持などが採用されます。
これらを使いつつ、干渉計などで位置制御を行い、振動抑制、温度補正などと連動させて精度を担保します。特にスキャナー方式では、動きながら露光する同期制御が精度を決める鍵となります。
露光精度を確保するには、装置を取り巻く温度、空気の揺らぎ、振動、湿度などを抑える設計が不可欠です。装置室温を 23 ℃付近で ±0.1 ℃程度まで安定させるような空調制御を行うことがあります。
空気の乱れを抑える遮蔽構造、気流制御、排気・吸気設計、浮き床構造、吸振材なども併用し、外部振動を装置に伝えないように設計します。
併せて、ホコリ・粒子汚染を防ぐためのクリーン環境設計も重要です。
露光前マーク観察情報をもとに、ステージ補正量、倍率補正、走査補正、マスク変形補正、局所補正マップ適用といった計算を行って露光条件を最適化する制御プログラムが補正アルゴリズムです。
これには多くのデータ処理、並列演算、高速応答性などが要求されます。補正ループはリアルタイムに変動を追いかける方式を使うことがあり、ドリフト予測処理や自己校正機能、ログ取得・解析機能も備えて、長期安定化を図る設計が一般的です。
FPD露光装置を実際に導入して運用する際には、多くの見落としがちな課題があります。以下では、導入時・日常運用・歩留まり・コスト面それぞれの観点から注意点を整理します。
FPD露光装置は非常に大きく重いため、搬入ルートの幅・高さ、ドアや通路の寸法、床の耐荷重、クレーン設備、天井高などが導入のネックになります。また、電源容量、冷却設備、空調系統、排気・給排気ライン、床振動対策なども初期段階で慎重に設計する必要があります。
据え付け後は、光学系のアライメント(光路調整)、初期ドリフト補正、補正マップ構築、温度安定化、振動モニタリング調整などに時間を要します。この調整には技術者の手間と時間がかかるため、立ち上げスケジュールには余裕を持たせておくべきです。
運用中には光源(ランプなど)の寿命・劣化が最大の課題となります。出力低下やドリフト(時間とともにずれる現象)に対処するため、定期交換と再調整が必要です。光軸補正、再キャリブレーション、補正マップ再構築などはダウンタイム要因になり得るため、できるだけ短時間で済むよう設計しておくことが望まれます。
また、装置部材は経年劣化や変形、疲労などが避けられず、定期的な点検・再調整や交換が必要になります。露光ムラ、ゴミや汚れ、マスク汚染、温度変動、補正ずれなどが不良露光の原因になるため、これらを抑える洗浄・管理体制、補正マップの頻繁更新、リアルタイムモニタリング系機能が重要です。
露光工程は最終製品の品質を左右する重要な段階です。ムラ、重ね合わせずれ、露光の過不足、ゴミ影、マスク傷、補正ミスなどが不良率を高めます。
これを防ぐためには、照度ムラ補正、均一性制御、マスククリーニング、局所補正処理、補正アルゴリズム高度化、フィードバック制御などを組み込んだ総合対策が必要です。
さらに、露光後の検査系との連携が肝要です。これを怠ると不良拡大や歩留まり低下が顕著になりかねません。
装置の価格だけでなく、光源交換、再調整・再校正、補正演算コスト、人件費、装置稼働停止損失などを含めた総所有コスト(TCO)をしっかり見積もる必要があります。性能を上げる設計はコストアップにつながるため、性能向上による歩留まり改善や稼働率向上効果とコスト増のバランスを見極めなければなりません。
また、将来技術が変わったとき(たとえばマスクレス露光方式などが主流になるなど)にもある程度適応できる設計余地を残しておくことは、投資リスクを抑える意味でも重要です。稼働率を高めるための冗長設計、保守性向上(モジュール交換性、部品共通化、自動校正化など)もあらかじめ考慮しておくべきです。