これまで人口世界一だった中国を抜いたインドは、2023年には14億2,860万人に到達したと見られており、全世界の2割近くを占めていると言われます。
しかも、人口のおよそ半分が30歳未満という若い世代。今後もますます経済成長が見込まれています。
そんなインドが現在、国を挙げて力を入れて取り組んでいるのが半導体生産です。
インド政府は2021年、半導体を含む電子産業の誘致や産業育成のプログラム立ち上げを発表しました。それに伴い、約7600億ルピー(日本円でおよそ1兆円)もの予算を投じ、半導体工場を新設する企業に対し、財政支援を行うと示しています。
とは言え、インドはこれまでに半導体技術を育成してきた経験はなく、とりわけ事業で大きな実績を挙げた事例もありませんでした。
それが、なぜ今になってこのように国を挙げて取り組み始めているのでしょうか。
インドでは、ITサービスなどの業種が経済成長をけん引してきた一方で、製造業においては成長の遅れをとっていました。
巨大な人口を抱えているにもかかわらず、電子製品などの多くを輸入に頼り、原油などの資源も他国に依存しています。
そのため、恒常的な貿易赤字が続いていたのです。それを背景にルピー安の傾向が続き、さらに輸入品の価格を押し上げていました。製造業の弱さからくる貿易赤字が、経済成長の加速を妨げているとも言われています。
そんな貿易赤字を何とか改善したいと乗り出したのが、半導体産業です。電子製品の多くに使われる半導体を輸入に頼らず国産化することで、赤字の悪化を食い止めたい狙いがあると考えられています。
実際に、インド政府が産業育成プログラムを発表して以降、インド国内では半導体製造事業が活発に動き出しています。
インド初の半導体製造事業として注目されているのが、イギリス系の鉱業・天然資源大手であるベダンタグループと、台湾のホンハイ精密工業の傘下であるフォックスコンが共同出資で立ち上げたべダンタ-フォクスコン合弁会社「Vedanta Foxconn Semiconductors Limited(VFSL)」です。
同社は、インド西部グジャラート州の都市アーメダバード近郊にある「ドレラ特別投資地域」で、半導体の組み立てや検査ができる工場を設立。主に半導体ディスプレイの製造を担う工場で、小型~大型の製品向けディスプレイの生産計画が進められています。
この計画は、前述したインド政府が推し進める半導体政策プログラムの1つ。グジャラート州を半導体製造のハブ拠点としたい考えがあると言われています。
インド政府主導のもとでドレラ特別投資地域に半導体工場を設立したべダンタ-フォクスコン合弁会社でしたが、20237月には、半導体製造事業の合弁解消を発表しました。
べダンタ社とフォクスコン社のどちらも、インドで半導体関連事業を続けることは示していますが、それぞれが別のパートナー企業と連携する意向を表明しています。合弁解消の明確な理由は公にされていませんが、政府が事業コストの計算について疑問を呈していたことや補助金申請の承認が遅れていた点、ベダンタ社とフォクスコン社での意見の相違などが原因ではないかと言われています。
この合弁解消によって、半導体政策の象徴的なプロジェクトだった計画に大きな空白が生じた形となってしまいました。
フォクスコン社は、べダンタとの合弁解消後もインドの半導体製造に留まる見込みです。新しい連携相手として、合弁解消前から協議していたSTマイクロエレクトロニクス社やグローバル・ファウンドリース社と改めて協議中とされており、この2社が参入する可能性があります。
STマイクロエレクトロニクス社は、スイスのジュネーブに本社を置くグローバル企業で、グローバル・ファウンドリース社はアメリカに本社がある半導体製造企業。合弁解消後の仕切り直しも、インド企業だけでなくグローバル企業との連携を視野に入れて動いているようです。
ベダンタ社とフォックスコン社の合弁解消の一方で、半導体政策の要と言われているグジャラート州やカルナータカ州では、別のグローバル企業の参入が着々と進められています。
アメリカのマイクロン社は半導体組み立てや試験工場を設立し、アプライド・マテリアルズは半導体製造装置技術開発センターを設立しました。
インドの政策パッケージ「電子産業(半導体、ディスプレイ)誘致・育成を図る包括的な政策プログラム」に合わせて次々と企業が入ってきた形ですが、メインとも言われていたベダンタとフォックスコンの合弁解消は、インド政府の半導体政策のシナリオに早くもズレが生じてきているのではないか、と懸念されています。
インド政府の副大臣級であるラジーブ・チャンドラセカール電子・IT担当閣外相は、今回のベダンタ社とフォックスコン社の合弁解消は、インド政府が推し進める半導体製造政策に対し、何の影響も与えないという考えを発言しています。
インド政府が民間の決定には立ち入らないというスタンスを取っているからで、両社への干渉も否定しました。むしろ、ベダンタ社とフォックスコン社それぞれが独自の戦略でパートナーを見つけて目標に向かえるようになった、と前向きに理解しているようです。
ベダンタ社とフォックスコン社の合弁解消を皮切りに、インド政府の半導体政策に疑問を呈する意見も見られています。
インド国内に一貫した半導体製造サプライチェーンを構築しようという計画には課題が多く、現時点では無理があるとの指摘です。
新興国以外の諸外国は、規制緩和などで貿易を促進して投資家や生産者の経営改善に注力してきたのに対し、インド政府は補助金を提供して企業を呼び込もうとしています。
しかしながら、同時に高い輸入関税を導入しており、それが部品のコスト高につながっているのです。
そうなると、仮に国内で半導体製品を製造できたとしても、価格面での競争力に不安が残ります。部品に対し、低廉で安定した関税政策を行うなど貿易政策についても見直さなければ、中国やベトナムに追いつくことは不可能だろうという予測がされています。
アメリカは、米中対立が続いているのを背景に、中国への半導体や製造機器の輸出規制を実施しています。また、安全保障上の懸念から、中国系企業が絡むサプライチェーンの切り離しが進められている現状です。
この流れに乗じて、インド政府は半導体分野でアメリカ企業を積極的に取り込みたい構えを示しており、アメリカもまた、中国以外の国でのサプライチェーン展開を視野に、インドに目を向けはじめています。
実際に、アメリカとインドの半導体産業協会が連携し、半導体製造エコシステム形成において一時組織を立ち上げる計画を発表しており、これを機にアメリカ企業のインド進出が後押しされた形となっています。
合弁を解消したベダンタ社とフォックスコン社は、インド事業の仕切り直しに向けてそれぞれが新たなパートナー探しを行っています。フォックスコン社はインドに2つの半導体工場を設立する計画で動いており、ベダンタ社も今後の新事業を模索している段階のようです。
つまり、今後、インドに新たに3つの半導体製造事業が生まれることが見込まれており、各社が日本との連携を決めてくれれば、新たなビジネスチャンスとなる可能性があります。
実際、日本政府や日本企業は、インドのモディ首相との会談・面談を行ったりグジャラート州の訪問視察を行ったりと、政府と企業の両面からアプローチして機会獲得に動いています。
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